常識を疑う

 「白鳥の色は、何色ですか?」

 ほとんどの人は「白色」と答えると思います。ですが、みなさんは「黒色の白鳥」がいることを知っていますか?1697年、オーストラリアで黒い白鳥(ブラック・スワン)が発見されました。

 「無駄な努力」を表す【黒い白鳥を探すようなものだ】という英語のことわざがあったほど、黒い白鳥は架空の存在として考えられてきました。これまで常識と考えられていたことが、実は常識ではなかったというメッセージが強く社会に浸透した大発見でした。私たちの身の回りでも「常識」と考えられていることは、たくさんありますよね?

 今回は、「常識」について深掘りしていこうと思います

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喪服の色

 「喪服の色は、何色ですか?」と聞かれたら、ほとんどの人は「黒色」と答えると思います。

 みなさんは、かつて「白色の喪服」が存在したことを知っていますか?これはあまり知られていない、日本の歴史です。江戸時代、日本の喪服は「白色」が基本だったそうです。よく、時代劇のドラマの中で切腹するシーンがありますが、その時に着ているのはみんな白装束だと思います。それが明治維新を迎え、鎖国の終焉により欧米からたくさんの使節が来航しました。その時の欧米の使節は、「黒色」の正装をしていたそうです。明治政府の幹部たちは、慌てて白色から「黒色」の正装に変えたと言われています。ですが、一般民衆の間には白色・黒色の正装が混在する社会だったそうです。喪服を完全に「黒色」に変えたのが、第二次世界大戦(太平洋戦争)です。当時の人々は、明日も葬式…、明後日も葬式…。「どうせ毎日葬式なら、汚れない喪服がいい!」と人々は考えました。貸衣装屋さんには白色と黒色の喪服があったそうですが、最終的に選ばれたのは汚れが目立たない「黒色」の喪服でした。歴史をもっと紐解くと、面白いことがわかります。喪服が始まったとされる奈良時代は(※諸説あり)、「黒色」の喪服だったそうです。その後、ファッションブームで「白色」に変わりました。そう考えると、今の喪服の色は「たまたま黒色」なのかもしれません。これから先、青色の喪服やピンク色の喪服が登場するかもしれません!常識、当たり前と考えられていた「喪服は黒色!」は、実は常識でも当たり前でもなかったのです。

 今ある常識は、10年後には「非常識」になるのかもしれませんね。

 

ビジネスモデル

 戦後、日本は10年足らずで戦後復興を果たしました。1950年から始まった高度経済成長期は、戦争で荒廃した日本を復興へと導きました。この高度経済成長期の要因を、高度な技術革新があったとする説もありますが、人口増加の視点から説明する専門家もいるそうです。人口(消費者)が増えるということは、商品を作っても作っても売れる時代を意味します。経済発展するのも当然というのが、この説ですね。この時代は「成功したビジネスモデルをとにかく真似すればよかった時代」でした。しかし、現在は急激な人口減少化社会です。消費者である人口が少なくなるということは、「作っても作っても売れない時代」を意味します。「成功したビジネスモデルをとにかく真似すればよかった時代」は終焉を迎えました。常識とされてきたビジネスモデルは、もはや通用しません。今の私たちには、付加価値の高い新しいビジネスモデルを創造するクリエイティブな発想が求められています。

教育モデル

 これからの社会を支えていくのは、私たちの目の前の子どもたちです。従来のビジネスモデルが通用しない。当然、教育モデルも変化が求められています。しかし、日本は明治時代の学制発布から「礼節・忍耐・協力」を過度に強調した教育を150年間も繰り返してきました。礼儀を重んじること、苦しいことを耐え抜くこと、仲間と協力すること。これまでの常識であり、当たり前とされてきた教育モデルです。どれも大切だとは思いますが、今の日本教育ではそれらが過度に強調されすぎているように感じます。そのような教育で育つのは、言われたことに素直に従う「従順な子どもたち」です。産業構造の変化により、第三次産業が主流となった社会。従順で協調性のある労働者を生む教育モデルでは、対応できなくなってきています。大人が子どもに「言って、聞かせて、理解させて」と言ったロボットを動かすような教育は、今後の時代にも合っていないのかなと感じています。

 私たちには、これまで常識とされてきた教育を変える勇気が必要なのかもしれません。

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